高天神をめぐる戦い《今川氏滅びる》

| コメント(0) | トラックバック(0)

 駿河と遠江二ヶ国の守護、今川氏真(うじざね)が、駿府今川館を、武田信玄によって逐われたのは永禄11年(1568)12月13日、信玄と家康が相談し今川領に同時進攻をはかった。

 氏真は掛川城に逃げこんだが家康に包囲されてしまった。永禄12年(1569)1月12日から5月17日まで、はげしい攻防戦がくりひろげられた。

 その攻める徳川軍の中に、寝返った(今川から徳川へ)ばかりの高天神城主の小笠原氏興・長忠の父子がいた。

 そして5月17日、氏真が降服し今川氏は滅び、家康はほぼ遠江を平定した。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.mitsuhashiya.co.jp/01/mt5/mt-tb.cgi/93

コメントする

このブログ記事について

このページは、掛川の若旦那が2005年11月23日 14:11に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「サーフィン」です。

次のブログ記事は「鰤のから揚げ 中華餡かけ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

アーカイブ

リンク集

すでにリンクして下さっている方で、こちらに入っていない方はご連絡下さい。m(__)m

OpenID対応しています OpenIDについて